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大阪家庭裁判所 昭和49年(少ハ)4号 決定

少年 H・A(昭二九・二・二四生)

主文

本人を昭和四九年七月一六日から五ヶ月を超えない期間、引続き中等少年院に収容する。

理由

(本申請の要旨)

本人は昭和四八年七月一六日大阪家庭裁判所において、窃盗、賍物牙保保護事件により、中等(B1)少年院に送致の決定を受け、同年七月一九日和泉中等少年院(短期)に収容されたが、その際の本人に対する矯正教育の狙いは次のようなものであつた。

(1)  家庭環境

実父母は正式の婚姻関係ではなく、実母は実父の愛人の形で一〇数年生活を共にし、本人を含む五人の子供をもうけ、本人もこれに疑問と不安を抱き家庭生活に安定が少ない。実父は本人の本心の理解を欠き頑固でただ厳しく叱責し、実母は家計を維持するため、スナックを経営し、本人との接触時間が少なく金を与え放任状態である。父母共に本人の非行に対して真剣な指導計画と実行ができず、本人に対する監督力指導力が十分でないため、保護観察、試験観察の好機をのがし、不良交友に責任転嫁している。

(2)  本人の性格

上記の生活環境から基本的生活訓練が極めて不充分で未成熟な性格を形成している。特に意志の弱さ規範意識のルーズさ、自己統制力の不足が目立つ。その結果、刹那的、享楽的な生活態度が固定化しつつあり不良交友に気持をまぎらしている。更にわがまま、情緒不安定から明確な生活目標を自覚できず職場を転々としている。加えて父母に対する不信感があり、他の兄弟達に肩身狭く家庭に居づらく家出をし非行に発展している。保護観察、試験観察も真面目に更生しようとする意欲なくズルズルと本件に至つている。

そして更に本人の性格ないし行動傾向は情緒不安定が特に顕著で自分をみつめることが苦手である。常に友人と話したり体を動かしていないと不安である。従つて活動性は高いが生活目標が明確でないため興味が転々として持続的に仕事をすることが困難であり、更に自己顕示性が高く次第に不良交友に深入し非行を繰返している。

以上のことから本人の性格の矯正は基本的な生活訓練の指導と将来への生活目標の確立、職業人としての自覚の喚起、そして保護者との意思の疎通を計ることであつた。ところが本人は同院において、昭和四八年七月二四日、単独室内の壁等に二一ヶ所の落書きをした外、同年九月二一日から三日間に悪ふざけ、暴行教唆、同幇助、いやがらせ、不正喫食等の規則違反をなしたが、これは大阪市出身のグループの陰のボスとして行動したものであり、従前の本人の性格からみて、短期少年院での教育は不適当と判断され、同年一一月二六日奈良中等少年院に移送された。

奈良少年院での処遇は二級上に編入、一ヵ月間の導入教育を設け指導したところ、和泉少年院での生活態度、規律違反についてかなり真面目に反省し更生の意欲が窺え職員の指示にも従順であつたが集団の場になると職員の目を盗んで自己顕示的に行動する傾向が観察されトラブルを起した。その都度個別指導を繰返し反省を求めたが行動に表裏があり対人関係調査でも排斥される数が多かつた。また生活全般にわたり意欲的な時と意欲喪失の時が交互に明確に観察された。

昭四九・一・五職業補導課程は園芸科に編入、作業は可成興味を示したが仕事の内容により気分のむらが目立つた。寮内生活では常に他人の目を意識して素直な生活態度がとれず、日記の内容は反省文を上手に書くが実行が伴なわなかつた。

二月~三月にかけ可成自重した生活がみられ三月一六日一級下に進級、努力賞を受けた。三月二八日不正喫食の規律違反(二月上旬から三月中旬にかけて違反をしていたもの)が発覚し、謹慎一〇日、減点一五点の懲戒処分を受け、二級下に降下された。この行為は職員の監督を巧みにのがれ弱い者に食事の強要をしたもので、悪質であり同寮の者も次第に本少年を恐怖し、集団生活を乱す虞れが大きいため四月六日から五月一日まで夜間単独処遇とし個別的に態度の改善指導を繰返した。この間四月一六日に一級下に復級し、以後集団生活では著しい変化なく徐々に態度を改め他少年と協調しつつあるが母親の面会が一ヵ月もなく、返信もないと母親をうらんだり、見放されたと勝手に思いこみ、自棄気味な言葉をはくなど感情の統制不足と視野の狭さがなお残つており、未だ当分の間、情緒の安定と自己中心的思考の是正、非行に対する反省、職業人としての自覚、保護者に対する考え方及び保護者の指導の統一(母親と父親との少年に対する教育が一致しておらず、未だ父親に対し本人が少年院に送致されたという事実を話していない。)について教育、改善を続ける必要があり、本人に対する審判決定後一年の本年七月一六日に出院させることは時期尚早と考える。

当院の教育計画では現在の指導を継続して行けば八月一日に最上級の一級上に進級する見込であり、一級上の出院準備教育は特に社会人としての自覚と自立訓練及び犯罪的傾向のある性格の矯正が特に必要であるため少くとも二ヵ月半を必要とし、更に本人の入院前の生活態度、非行歴、性格等から三ヵ月程度の保護観察が必要であろうと考える。

以上のことから審判決定後一年の昭和四九年七月一六日から六ヵ月間の収容を継続することが必要であると認められるので少年院法第一一条第二項による収容継続の決定を申請する次第である。

(当裁判所の判断)

一  一件記録によれば、本人は昭和四八年七月一六日、大阪家庭裁判所において、窃盗、賍物牙保保護事件により、和泉少年院に送致収容されたこと、入院時における本人に対する矯正教育の狙いは、基本的な生活訓練の指導、将来の生活目標の確立、職業人としての自覚保持、保護者との意思の疎通であつたこと、入院当初から本人の生活態度は悪く、同院での指導になじめなかつたため、同年一一月二六日奈良中等少年院に移送されたこと、同少年院において、本人の問題とされていた性格、すなわち、自己中心的、弱志、規範意識および自己統制力の欠如、刹那的、享楽的生活志向、情緒不安等に対し、集団的又は個別的指導による教育改善がなされ、一定の効果をあげたことが認められる。

二  しかしながら、未だ本人の歪んだ性格が根本的に改善されたとまでは判断されず(審判における少年の供述は、非行に対する反省については抽象的で、自覚も浅く将来に対する見通しもやや甘さがあるほか、同院における生活状況は、言動不一致、行動の表裏、気分のむら、情緒不安等が散見され、特に昭和四九年二月上旬から三月上旬にかけては、弱い者から食事を強要するなど、自己中心的な事件も起している)、更に、このような性格の矯正が、比較的短期の収容継続により、完全に矯正されうるかは疑問である。とはいえ、自己中心的な行動を抑圧し、情緒を安定させるために、なお教育を続行する余地はあり、一定の効果も上げうるものと考えられる。ただこの点に関して問題となるのは、社会内処遇で賄えないかということである。けだし、本人の場合、少年院収容で一定の効果を上げたものの、根本的な性格の矯正は、究極的には社会内で改善せざるをえないからである。そうだとすると、本人の退院後の保護状況が重大な意味を持たざるをえない。そこで、この点に関して検討する。

三  本人の入院時までにおける保護関係は、申請の要旨の「家族環境」記載のとおりであつて、本人の歪んだ性格の重要な原因となつたと判断される。ところが本申請時においては、本人が少年院に送致、収容された事実について、父親は知らない状況であり、母親もその指導力の欠如について自覚が十分ではなく、結局保護環境について根本的改善がなされていなかつた。

その後調査官の努力により、父親に事実が知らされ、その改善について前進がみられたものの、未だ本人を家族全体で受容するという雰囲気になるまでに至つていない。(調査官の報告書参照)

しかし、これはある程度当然であつて、むしろ保護司等による気長な調整によつて解決するものと考えられる。そうすると未だ自覚も十分でなく、情緒不安定で利己的な面を有し、従つて、犯罪的性格が十分に矯正されたとはいいえない本人を現段階において、家族に引き渡すことは全く心もとないと言わなければならない。

四  そこで、保護関係の調整をはかりつつ、本人の性格もあわせて教育、改善するために収容継続を相当と考えるのであるが、その期間は、本人の奈良少年院における現況(七月一六日に一級上に達した)と保護関係の現状にかんがみ、二ヶ月間を予定し、加えてその後三ヶ月程度の間、本人を保護観察に付し、社会に定着するよう指導する必要があると考えるので、合わせて五ヶ月を相当と判断する。

よつて、少年院法一一条四項により主文のとおり決定する。

なお、少年院において、保護観察所等を通じて早急に本人の保護関係の調整をはかられるよう要望したい。

(裁判官 溝淵勝)

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